185 × 245 mm | 576頁 | 並製本
アートディレクション : 有山達也
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あとがきより
差異性と同一性を内包する"風土"
『VERNACULAR(ヴァナキュラー)』とは、風土、地域性、土着性、あるいは土地固有の建築様式などを示す名詞および形容詞である。 ぼくがここにある写真を撮り始めたのは、先史時代の壁画を撮影した前作『NEW DIMENSION』を制作する過程で、フランス南部にある岩棚住居ともいうべき家々を訪ねたことがきっかけだった。
洞窟壁画を撮影するためにレ・ゼジーという村に滞在していたのだが、洞窟内での撮影許可がとれず悶々としながら村を歩き回っていると、石灰岩の岩山が点在する川沿いに奇妙な住居群を見つけた。背面だけ岩山と一体化している特殊な住居の形態に目を奪われて無我夢中で撮り続け、帰国してからベタ焼きを見直していると、様々な疑問が湧いた。人々はなぜこのような家に住み始めたのだろう、と。
その後、旅を重ねるにつれ、世界中で特殊な家屋の集落を見つけると、ぼくは必ず立ち止まって一戸一戸を撮影させてもらうようになった。そのような旅の過程で気づいたのは、彼らが国家から一定の距離をおいた小さなグループで暮らし、その結びつきを確認するかのように古い祭祀儀礼や伝統文化をどうにか維持し続けているということである。そして、それぞれの土地から滲み出してくる人々の力強い身ぶりに、ぼくはたまらなく惹かれた。 一般的に様式建築といわれるものが、王や政府など時の権力者が作り上げた強固で威光を示す独立物であるとすれば、ヴァナキュラー建築の多くは簡素だが居住者自身が制作・所有し、"その土地で生きる"という実用的な用途に特化されている。
一家族の生活の機能がそのまま家の形となって表れているために、一つの集落の家々には必ず何かの共通項がありながら、一方で一つとして同じ家がない。統一性と差異性を同時に体現する希有な存在である固有の風土は、均質化する世界に抗う存在感を放ち続け、ある大きな変化への発火点になるのではないか。また、こうした建築物は当然ながら過去の遺物でも貧しさの産物でもなく、実は来るべき未来を切り開く先端に在るのではないか。それがこれらの写真を撮り続けてきた自分自身の率直な思いであり、一点一点の写真に込めた希望でもある。
石川直樹